「ブギーポップは笑わない」 6話 感想 jkおっぱいタッチ教師と嫌われる勇気

2019冬アニメ

「ブギーポップは笑わない」 6話 感想 jkおっぱいタッチ教師と嫌われる勇気

JKおっぱいタッチセクハラ教師爆誕

末真和子が仁先生の謎を探るために、職員室に忍び込みますが、そこに仁先生とjk2人がやってきます。

1人のjkは積極的ですが、もう一人のjkは引き気味。

結局、どうやら二人とも何かをすることを決意しますが、なにをするんだ?

次の瞬間、バッッッッッ!!!

!?????

 

そしてその二人のパイタッチをかます飛鳥井仁先生。

おまわりさんこっちです!!!

その後もどうやら同様のことを繰り返しているようです。

いや、その洗脳行為に脱ぐ必要性ありますかね?

完全に彼の性欲むき出しですよ。

というか、jkも脱ぐのをもっと躊躇しろよ!!!

ちなみに、末真和子が衣川琴絵の依頼に積極的に協力したのはどうしてでしょうか?

「私自身が直に闇と対決すること」

などの発言の様子と、公式キャラクター紹介

「かつて連続殺人犯に狙われながらも生き残ったことで犯罪心理学に興味をもった」

の二点から、過去のこの事件で生じた自分の壁や課題、悩みを乗り越えるためだと思われます。

 

末真和子と織機と嫌われる勇気

織機「誰にも嫌われちゃいけないんです。それが私がいてもいい理由なんです。」

末真「それは無理ね。誰にも嫌われないで生きるなんて

絶対にできないわ。

だって生きるってことは他の人と触れ合うということよ。

だから相手を傷つけてしまうときが必ず来るの。

もうすでにあなた、誰かの憎しみをかっているの。」

そうですね。人は社会性の動物であり、他人との関係の中で定義されるので、人との関わりを立って生きるのは不可能ですね。

この話確か、「俺の青春ラブコメは間違っている」の平塚先生も同様なことを言っていた気がします。

さらにアドラー心理学についての本「嫌われる勇気」では人が嫌われてる理由について

人の価値観は人によって違うのだから、全員に好かれることは無理である

と述べていました。

また、末真はこう続けています。

「たしかに何かがいる。

人にかくあらねばならないと思わせる何者かが。

人間の生涯になんらかの価値があるとするならば、それは何者かと戦うところにしかない。

自分の代わりにものごとを考えてくれるイマジネーターと対決する。

それこそ人々がまず戦わねばならぬ道だろう。」

人にかくあらねばならないと思わせる何者とは、固定観念みたいなものみたいなものではないでしょうか。

例えば

・高学歴じゃないと人間じゃない。

・イケメンでないとモテない。

・金持ちじゃないからなにもできない。

などです。

 

確かに、それらの要素は重要であるかもしれませんが、それらがないとどうしてもどうにもならないということは少ないです。

本当は、学歴などで人生は決まらないですし、ブサイクでもモテる人はいますし、金持ちじゃなくても夢を実現していく人はいます。

自分のこれまで培ってきた偏見という眼鏡を通して世界をみてしまう。

まずは、その眼鏡の存在に気づいて、ながめなおせということでしょうか。

また、それらの固定観念は他人の価値観をもとにして成り立っていることが多いです。

他人の価値観でなく、自分の価値観で生きろということでしょう。

イマジネーターというのは、他人の価値観にもとづく固定観念による自分の人生をのっとるものということですね。

今日はこの辺で

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